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【特集Vol.10】未来の安全を守るため、今できる最善の耐震補強工事を。

世界でも有数の地震大国である日本。だからこそ、建築物や構造物には厳しい耐震対策が求められます。東京メトログループでも、首都圏の鉄道ネットワークの中核を担う交通事業者として、既存施設を地震に強くするための耐震補強工事に日夜取り組んでいます。
近年でも大きな地震が発生しているなかで、これまで東京メトロはどのように安全を守ってきたのか。そして、未来の安全のために現在推進していることとは。担当者の2人に話を聞きました。


限られた条件下で、ベストな選択を行っていく


鉄道本部 工務部 土木課/
諸橋 由治(写真左)、望月 勇太(写真右)

望月:東京メトロの耐震補強工事担当の業務は、主に工事計画全体の管理や設計、使用する工法・材料の試験や検討です。一口に工事と言っても種類はさまざまで、たとえば現在進行しているものでは駅やトンネルなどを支える中柱への工事、すでに完了しているものでは高架橋などの補強、坑口(こうぐち)と呼ばれるトンネルの地上口部分の液状化対策や石積み擁壁(※)への工事などがあります。工事に必要な期間は内容にもよりますが、数年から約20年かかるプロジェクトも存在します。

ただ、補強工事が決まってからすぐに実施、というわけではありません。どの設備や柱に補強を行うかの選定や、細かい設計など事前準備だけで1年や2年かかることも。さらに地下鉄トンネルは構造上、場所ごとに異なる揺れ方をするので、そこも想定して補強を検討しなければいけないんです。
私もこの仕事に携わる前は、すぐに取り掛かれるものだと思っていました。しかし、予算やスケジューリング、計画策定などの事前準備を万全に行わなければ、工事計画全体に遅延が発生し、お客様に「いつまで工事が続くんだろう」と不安な印象を与えてしまう恐れがあります。それだけは避けなければならないので、スピードは意識しつつも、必要なところにはしっかりと時間をかけていますね。

諸橋:望月さんがお話しした通り、鉄道会社における工事の大前提は、可能な限り列車の運行を止めず、お客様のご迷惑にならないことです。そのため、他の駅設備の改修工事と同時期に実施して工事計画のスケジュール短縮を試みたり、実際の施工現場では手運びでの資材運搬を可能な限り避けるなど、効率よく進行できるようにしています。

※石を積んで作る、土を受け止めるための壁のこと。
東京メトロでは地上部の線路内外で高低差がある場所などに使用されています。

国と東京メトロ、
2つの視点でより強固な安全を


※写真はイメージです。

望月:鉄道業界の耐震補強工事全般において、ターニングポイントになったのは1995年の兵庫県南部地震です。そこから、国の『特定鉄道等施設に係る耐震補強に関する省令・通達』が公布・施行されました。以降、東京メトロの耐震補強工事は基本的に、省令・通達に沿って行われています。その後も2011年の東北地方太平洋沖地震や、2016年の熊本地震など、大きな地震が発生する度に被害状況や事例を踏まえて省令・通達が改正され、私たちも都度改正に沿った工事を計画・実施しています。
とくに熊本地震以降、約4,000本の補強を目指している「トンネル中柱の復旧性向上」は大きな取組みの一つです。たとえば地震が発生すると、中柱が想定外のダメージを受けてしまう可能性もあります。ただ、ダメージを受けるにしても後々修復しやすいように補強しておけば、万が一のことがあってもいち早く中柱を復旧して列車運行を再開できるので、お客様にご不便をかける時間が短くて済むのです。

諸橋:基本的には国からの省令・通達に沿う形で工事を行うのですが、そのうえで東京メトロが独自に行う工事も。2011年の東北地方太平洋沖地震以降にスタートした、「高架橋柱の復旧性向上」や「石積み擁壁の補強」などですね。震災時、東北地方では列車運行に支障する被害が多く発生し、復旧に数か月を要しました。一方東京では既に耐震補強されていたり、当時の最新基準で造られた構造物はほとんど被害がなかったので、耐震補強の効果があったと考えています。ただ、「もし東京近郊が震源地だった場合、東京メトロが管理する構造物も同様の被害が出る可能性があるかもしれない」、という意見が社内で出たんです。そこで当社独自で工事を実施するかの検討や、工事に必要な数値の計算を行い、必要という判断になりました。施工対象を増やす他に、工法や材料における強度などの数値も、国から出ている「鉄道構造物等設計標準」や他社の対策を参考にしつつ、独自に厳しく設定しています。

駅の機能も支えている中柱を、守り抜くために


諸橋:お客様にとって、東京メトロ内で一番見つけやすい耐震補強工事の対象は、トンネルや駅構内にある中柱ではないでしょうか。地下鉄の駅を支え、安全を守るための重要な存在というのはイメージしやすいかもしれませんが、中柱にはそれ以外にも重要な役割があります。電気・水道などの配管、案内看板など駅の運営に必要なもの、ポスターや広告といった装飾も施されています。このように、実は駅の利便性や美観性の一部も、中柱によって支えられているんです。
しかし、工事を行う際には、それらを一度取り除かなくてはいけません。設置物を管理している各部署との確認作業にかかる時間や、移動・処理にかかるコストなど課題もありますが、施工にあたっては安全性・利便性・美観性のバランスをできる限り崩さないように心がけています。

望月:中柱の工事で印象深いのは、入谷駅で行った耐震補強工事ですね。当初決定していた工法が、中柱の設置物撤去・復旧の関係で、急遽別の工法にする必要があると分かったんです。設計作業も一からやり直しになり、スケジュールも限られていたので、非常に焦りを感じたのを今でも覚えています。ただ一度落ち着いて、どうすればいつもより短い工期で完成できるかを考え、通常は外部に依頼する設計作業を自分たちで担当するべきだと判断しました。慣れない業務ではありましたが、各種指針やマニュアルに従って、担当者全員で着実に対応していったんです。イレギュラーな対応だったので完成時にはほっとしたと同時に、大きな達成感も感じられ、記憶に残る工事になりました。

● 包帯補強

ポリエステル繊維でできたベルト材を柱に巻き付けて補強する工法です。通常時はしなやかで施工性が良く、地震時には中柱の変形に追随しながら破壊に抵抗する性質があります。

● 鋼製パネル補強

L字に4分割された鋼製パネルを1段ずつ組み合わせながら積み上げ、柱との隙間にモルタルを注入して一体化する補強工法です。完成時の見た目もよく、駅部の線路内の柱補強に多く採用されます。

大切なのは先を見渡し、
今何をすべきか考えること


諸橋:耐震補強工事の仕事は長期に渡るプロジェクトですので、全体を広く俯瞰する必要があります。その上で、状況に応じた優先順位の決め方が、工事を期間内に完成させるためのカギです。たとえば、補強を行う対象にも、早急に行うべきものとそうでないものがあり、一律に優先していてはそれ以外のタスクが遅れてしまいます。
ただ、お客様の安全・安心に直結する業務なので、決断を行うときにはプレッシャーを感じることも……。より正確な判断ができるように、参考書や論文を調べたり、他社ヒアリングなどを行って常に勉強するようにしています。

望月:諸橋さんのお話しした内容に加えて、私は改めて現場を見ることの重要性を感じています。写真だけの現場確認だと距離感の誤差や、写真に写っていない設置物に気づけず、工事に遅れが生じる要因になりかねません。長期プロジェクトだからと悠長に構えず、時間のロスを起こさないことが必要です。現場の確認は終電後から始発までの限られた時間に行うので、頻繁に現場に行けないからこそ一回一回を大切にしています。
お客様の命や大切なものを預かっているんだという責任感もありますし、長期の工事が無事完成したときの達成感も大きい仕事です。お客様の目に見える工事ではないので、なかなか実態が伝わりづらいかもしれませんが、これからも縁の下の力持ちとして実直に頑張っていきたいですね。

諸橋:耐震補強工事には終わりがないからこそ、今できる最善にしっかりと向き合うことが大切なんです。地道にそれを続けていくことで、未来の安全・安心や、お客様からの信頼につなげていきたいです。


【教えて!耐震補強工事のギモン】

Q. 東京メトロ線のトンネル内の中柱は全部で何本あるの?

A. 全部で約3万本あります。中でも銀座線の中柱の一部は1939年に建設され、2019年〜2020年に耐震補強を実施し、今なお耐震基準を満たしています。

Q. 耐震補強工事以外の耐震対策には、どんな取組みがあるの?

A. 震災時の帰宅困難者対策を実施しています。地震発生後に運転再開まで長時間かかることが見込まれる場合は、自治体等による一時滞在施設が開設されるまでの間、原則として各駅の改札外のコンコース等を待機スペースとして開放します。また、全駅で飲料水や簡易ブランケット、救急用品などの防災グッズを備えています(共同使用委託駅を除く)。


※記事の内容は2023年8月の取材時点のものです。

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