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【特集Vol.09】技術を磨き、つないでいく。電車線復旧にかける舞台裏。

電車を走らせるため、電気はなくてはならないもの。電車線には電車へ電気を送るという重要な役割がありますが、故障時に替えのきかない一重系システムとなると、異常があると電気の供給ができず、列車は止まり、多くのお客様の足も止めてしまいます。そのようないざというときに、1分1秒でも早く電気を復旧させることが現場の使命です。
東京メトロで行っている「電車線技能競技会」は、電車線にまつわるあらゆる事態に備えるための技術を磨き、競い合い、互いに高め合う場。今回は普段見ることのできない舞台裏にフィーチャーし、競技会の運営や進行に携わる喜屋武さんに、電車線や競技会についてわかりやすく語ってもらいました。


万が一に備えるために


鉄道本部 電気部 電力課/喜屋武 樹

まず電車線とは、発電所から送られてきた電気を電車に届けるための設備です。供給された電気は、電車の走行に必要な動力としてだけでなく、車内の照明や冷暖房にも使用されています。東京メトロでは「カテナリ電車線」や「サードレール」などを採用し、電車に電気を絶えず送り続けています。

● カテナリ電車線

ちょう架線を用いて、吊り金具でトロリ線を吊り下げる方式。電車上部にある、ひし形のパンタグラフを利用して電気を取り入れる。

● サードレール

線路に並べて設置された導電レールから電気を取り入れる方式。東京メトロでは、銀座線と丸ノ内線で使われている。

この電車線を安定かつ確実に機能させるため、日々の点検や修理に着実に取り組んでいますが、それでも予期せぬ事故で故障してしまうことも……。地上部では強風にあおられ電車線に木が倒れたり、ビニール袋や布団が引っかかったり。また、東京メトロ線の大半を占める地下部では、トンネルの天井や壁からの漏水・湿気が故障につながってしまうこともあります。

しかし、どんなに想定し難い状況が発生してしまっても、私たちが目指すべきは早期復旧です。お客様にお伝えできる運転再開までの時間が早ければ早いほど、お待ちいただいている間の不安の解消にもつながります。東京メトロがお客様の足元を支えるライフラインだからこそ。万が一の事態に対応できる的確な判断やスピード感、そのための技術の蓄積や向上が技術者たちに求められています。

ひとりの技術を、みんなの技術に


そんな中、1992年に始まったのが「電車線技能競技会」です。現在は「確かな技術でお客様に“安全”と“良質なサービス”を届けよう!」というスローガンのもと、電車線の日々の保守や点検を行っている路線ごとにひとつのチームを組み、実際に起こりうる電車線の故障を想定し、復旧対応力や復旧時間を競います。

この競技会の目的は技術の伝承です。復旧にかかる時間を短くするには、熟練の技はもちろん、現場におけるチーム全員の連携が欠かせません。たとえ技術者としての経験が浅くても、作業の流れを全体で把握しておくことで作業をサポートすることができ、1分1秒でも早い復旧につながります。大切なのは、技術をひとりの人だけがもっているものにするのではなく、チーム内の技術向上に活かし、路線を超えて共有し合うこと。だからこそ競技会には、入社2年目から30年目以上の社員まで幅広い経験層の技術者が顔を揃えているのです。

求められるのは、実際の現場で活きる対応力


競技会は「カテナリ電車線」「サードレール」の2部門で繰り広げられます。各チームは、現地対策本部へ復旧作業の進捗を報告する電気責任者、復旧作業の流れを把握して現場の安全確認や指揮を行う電気点検者、実際の復旧作業を行う電気班員で構成され、カテナリ電車線は90分以内、サードレールは60分以内と限られた時間内で復旧作業を進めていきます。

評価基準は主に「復旧時間」「作業安全面」「出来形」。どれも早期復旧のための重要なポイントです。「復旧時間」であれば、手順や使用する工器具を把握しておかないとチーム内での連携が取れなくなり、結果として復旧に時間がかかってしまうことに。「作業安全面」についても、復旧現場で二重事故を起こさないよう、細心の注意を払わなければなりません。カテナリ電車線であれば、はしごを使っての不安定な足場による墜落や転倒などの危険を予知し、作業者同士で声をかけ合って安全を確保しているか。サードレールであれば、重いレールを持ち上げるときに、仮にレールが倒れたとしても巻き込まれない作業体制を取っているか、お互いに声を掛け合っているかなどが評価の対象になります。

そしてもうひとつ、修復後の形がきれいかを見る「出来形」と言うと、早期復旧に関係あるの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、実は「出来形」も重要です。たとえば、切れた電車線を結びつける際につなぎ目の段差によって、電車上部にあるひし形のパンタグラフ(電車に電気を取り入れる部品)が引っかかり破損してしまうことも。出来形の悪さに起因して復旧後の列車運行に影響が出る恐れがあるので、減点になってしまいます。ただ復旧するだけでなく、復旧後の安全・安定運行まで見越した、ちょっとした気遣いも大切なのです。

日々のたゆまぬ努力と技術が集結


2023年6月1日、第31回「電車線技能競技会」の開催の日を迎えました。青空の下、カテナリ電車線部門6チーム、サードレール部門2チームが集結。すべてのチームが訓練を積み重ね、作業中に起こりうる危険を予知し、どう防ぐか、チーム内で綿密に話し合ってきています。

● カテナリ電車線:競技中の様子

● サードレール:競技中の様子

実は、電車線の復旧作業における流れは、基本的にどのチームもあまり変わらないんですね。ただ、その中にも早期復旧のためのチーム独自の創意工夫があり、そこが見どころであり、お互いに刺激されるところでもあります。作業の分担の仕方、指示の出し方、声の掛け合いから、オリジナルの工器具を使っているなど。
本大会を振り返っても、創意工夫やチームワーク、不測の状況に冷静かつ臨機応変に対応できているかという点が、評価を大きく左右するポイントになっていました。

● カテナリ電車線 最優秀賞半蔵門線チームのコメント

▲ 写真上段/牧野大輔、飯田 聡、森 光正、滝下賢一
写真下段/西柳亜輝人、細谷宙叶、金子大翔
  • 競技中に、とくにこだわった点は?
    作業安全面と工器具や材料の置き忘れなど、列車運行の支障につながりかねないポイントを意識して作業しました。また、電車線をくるくると糸巻きのようになった状態からまっすぐな状態にする作業は時間短縮を図るために重要だったので、何度も練習して本番に臨みました。

  • 最優秀賞受賞の今の感想は?
    本番までの半年間、練習に励みながらチームみんなで成長してきたので、成果が実ってじわじわと喜びが込み上げています。

  • 大会を経て磨き上げた技術を、どう伝承していきますか?
    今回の競技会の様子をビデオに撮っているので、来年度のメンバーに見せながら解説や指導を行い、自分たちが培った技術をさらに後世へと引き継いでいきたいです。

● サードレール最優秀賞丸ノ内線チームのコメント

▲ 写真上段/井上 耀、山﨑照太、小田浩正、井上桂介
写真下段/山﨑慎介、深瀬 要、水越隆友
  • 競技中に、とくにこだわった点は?
    サードレールの設置は取り付ける高さなどをミリ単位で調整していくのですが、導電鋼でできたサードレールは熱で膨張し、歪んでしまうことがあります。大会本番は暑い日だったため、細かい調整が必要となり、サードレールを吊り上げる位置もメンバー全員で声をかけ合いながら、丁寧に調整していきました。

  • 最優秀賞受賞の今の感想は?
    日々の練習の成果を十分に発揮できました。練習でさまざまな失敗を繰り返すことで「何が起きても大丈夫!」と肝が据わり、本番でいつも通りの作業ができたことが受賞につながったと思います。

  • 大会を経て磨き上げた技術を、どう伝承していきますか?
    競技会を通して身につけた技術も、反省すべき点も包み隠さず伝え、より高い技術力へとつなげたい。そして私たち自身も、復旧における効率や精度を現状に満足することなく、さらに上を求めていきます。

伝承が、さらなる技術のアップデートに


今回は運営側として競技会に立ち合い、まずは大会を無事に終えられたことについて、参加された技術者の皆さんに感謝をお伝えしたいですね。私自身が以前、電気班員として出場したこともあり、本大会を通して、各チームが切磋琢磨して磨き上げた技術や工夫、こだわりにはたくさんの刺激を受けました。本大会には私の先輩が作業点検者として出場されていたこともあり、自分が現場に戻った際には負けないくらい頑張ろうという気持ちになりました。

競技会は、技術をただ伝承するだけではありません。各チームが競技会に向けて創意工夫し、その過程で生まれたアイデアや気づきが対策に組み込まれることで、よりアップデートされた技術が伝承されていきます。早期復旧も、技術の向上も、ひとりの力ではかないません。だからこそ、私自身も電車線に関わる技術や現場においてどんな危険が潜んでいるかなど伝承していけるよう、競技会や研修会などのさまざまな場を通して伝え、その先にある安定した列車運行やお客様の安全へとつないでいきたいです。


【教えて!電車線のギモン】

Q. 電車線は、電気が通っているのに作業しても大丈夫なの?

A. 東京メトロでは、電気が通っていないことを確かめたうえで触っているので大丈夫です。点検や修理を行う際は、電車線を一度停電し、作業開始前には実際に触れる場所が電気を帯びていないかを検電器で確認してから作業を行っています。たとえ運行時間帯であっても、必ず電車を止めて、同じ流れで確認しています。

Q. 修理に使う長いはしごは、どこにしまっているの?

A. 事故や故障が発生した際、すぐに対応できるように、駅ごとに線路脇の側壁に格納されています。一番長いもので約9.5mあり、2〜3分割してしまえる仕組みになっています。


※記事の内容は2023年7月の取材時点のものです。

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